大判例

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大阪地方裁判所 昭和47年(ワ)10148号 判決 1973年3月29日

原告 本田和市

原告 本田まり子

右両名訴訟代理人弁護士 曽我乙彦

万代彰郎

中谷茂

被告 栗本商事株式会社

右代表者代表取締役 門脇重治郎

右訴訟代理人弁護士 榊原正毅

榊原恭子

主文

当裁判所が昭和四七年(手ワ)第四二五号約束手形金請求事件につき、同年七月七日言渡した手形判決を認可する。

異議申立後の訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

(当事者双方の申立)

一、原告ら

(一)  被告は原告らに対し、金二五〇万円およびこれに対する昭和四六年四月五日から完済まで年六分の割合による金員を支払えとの判決。

(二)  仮執行の宣言。

二、被告

請求棄却の判決。

(原告らの請求原因)

一、原告らは、別紙目録の如き記載のある約束手形一通を所持している。

二、被告は、右手形を振出した。

三、訴外三井銀行は満期の日に支払場所に右手形を呈示したが、その支払を拒絶せられた。

四、よって被告に対し、右手形元金およびこれに対する満期の日から完済まで手形法所定の利息の支払を求める。

(被告の答弁)

原告らの請求原因事実はすべて認める。

(被告の抗弁)

第一、被告の支払義務の消滅

一、被告は、訴外株式会社摂津機械プレス製作所(以下、訴外会社という)に対し、昭和四五年七月頃、油圧プレスブレーキ一台の製作を依頼し、その報酬の前渡金として本件手形を振出し交付した。

二、しかるに右訴外会社は同年八月末頃倒産したため、同年九月一日右両者間において同契約を合意解除したので、被告の訴外会社に対する本件手形金の支払義務は消滅した。

第二、原告らに対する対抗性

一、訴外会社は、かねて三井銀行と、手形貸付、手形割引等の銀行取引を有しており、訴外会社の代表者たる原告本田和市および同人の三女たる原告本田まり子は、右取引上の訴外会社の債務につきこれを連帯保証していたところ、訴外会社は昭和四五年七月末頃本件手形により右銀行から手形貸付を受けていた。

ところが訴外会社は前記の如く倒産し、本件手形は不渡となったところ、被告よりの申請により、右三井銀行と訴外会社間で本件手形の引渡を禁ずる旨の仮処分決定が発せられたため、同銀行は、連帯保証人たる原告らにこれが決済を求め、原告らは同人らの預金をもって右貸付金と相殺決済したので、同銀行は原告らに対し、無担保裏書の方法により、本件手形を交付した。

右の事実関係に基いて、左のとおり主張する。

二、原告らは悪意の取得者である。

原告らは、前記の如く訴外会社の代表者等であり、従って、訴外会社・被告間の上記契約がすでに合意解除されていることを熟知しながら、本件手形を取得した者であるから、被告は右抗弁をもって当然に原告らに対抗できる。

なお本件の場合、三井銀行は右合意解除の蓋然性について善意で本件手形を取得したとみられるから、原告らは善意の前者より手形を取得したこととなるところ、このように善意者が介在する場合には人的抗弁は切断せられる見解(最判昭和三七年五月一日。民集一六巻五号一〇一三頁参照)があるが、元来人的抗弁に関する悪意(害意)の問題は現所持人についてのみ論ぜられるべきであり、仮にそうでないとしても、本件の如く、善意介在者の為した裏書が期限後且つ無担保裏書のため同人がそ求義務を負わないような場合には、そ求制度との総合的関連上、右善意者の介在によっても、人的抗弁は切断せられず、即ち被告は上記抗弁をもって原告らに対抗しうるものというべきである(もし善意者がそ求義務を負う場合に抗弁が切断されないとすると、右抗弁の対抗を受けた所持人は善意の前者にそ求し、同人は債務者に再そ求することにより、結局同一の結果となって無益を強いることとなるが、本件の如き場合にはそのような結果も生じないのである)。

三、原告らへの裏書は、主債務者たる訴外会社への戻裏書と同一視すべきである。即ち、

仮に右二の主張が認められないとしても、前述のように原告らは、訴外会社の代表者等であり且つ同会社の連帯保証人であるのみならず、訴外会社の実体からみて、(法人格の否認までは主張しないものの)同会社と原告らは経済的に一体をなしているものであり、三井銀行の本件裏書行為は、原告らの返済(相殺)により不要となった本件手形を、上記仮処分があるため、便宜原告らに返却したにすぎないものであるから、右は、銀行より訴外会社への戻裏書と同一に評価すべきものである。

しかして、善意の第三者が介在しても、悪意の前者に戻裏書がなされたときは、手形債務者はその人的抗弁をもって右被戻裏書人に対抗しうると解すべきであるから(最判昭和四〇年四月九日。民集一九巻三号六四七頁)、本件においても、被告は上記抗弁をもって、原告らに対抗できるものというべきである。

四、原告らの請求は信義則上許されない。即ち、

仮に右三の主張も理由がないとした場合、本件は、これを実質的に考察すると、元来訴外会社は被告に本件手形の返還義務を負う場合にもかかわらず、これを免れるため仮処分決定を利用し、原告らに手形を交付することにより、善意者の介在による抗弁の切断を意図したものであって、かかる不法な行為によって取得した権利を原告らが行使することは、信義誠実の要求に照らし許されないというべきである。

(原告らの答弁)

被告主張第一の事実のうち、合意解除の点は不知、その余は認める。

同第二の一については、訴外会社は三井銀行より本件手形の手形割引を受けたものであり、従って原告らは約定上の買戻義務によりこれを買戻したものである外は、すべて認める。

同第二の二ないし四の主張はすべて争う。殊に、原告らは元来連帯保証人として、主債務者たる訴外会社に代り銀行に弁済をなすについての正当の利益を有するものであるところ、本件については、上記仮処分決定の関係もあり、原告らに対し買戻請求があったのでこれを履行したまでであるのみならず、原告らは右の代位弁済により、本件手形に関する限り、当然に善意者たる三井銀行の地位を承継したものであるから(民法五〇〇条)、原告らへの裏書をもって訴外会社への戻裏書と同一視したり、原告らの権利行使を信義則上許されないなどという被告の所論は全く理由なきものである。

(立証)≪省略≫

理由

原告の請求原因事実は争がなく、また被告の抗弁第一の事実(被告の訴外会社に対する支払義務の消滅)については、右両者間の合意解除の点は≪証拠省略≫により明白であり、その余の事実は当事者間に争がない。

よって、右抗弁を原告らに対抗しうるや否やの点をみるに、被告の抗弁第二の一の事実(本件手形が訴外会社から三井銀行を経て原告らに取得されるに至った経緯)は、下記の点をのぞき当事者間に争がなく、≪証拠省略≫によれば、本件手形は、訴外会社が三井銀行から、訴外会社単名のいわゆる親手形により手形貸付を受けたその債務の担保のため、訴外会社から同銀行に差入れられたいわゆる子手形であること、原告らは連帯保証人として、訴外会社に代って右貸付金を返済(預金と相殺)し、同銀行より右手形の返還を受けたものであることが認められ(る。)≪証拠判断省略≫

以上の事実関係に基づき、被告の主張について順次判断する。

被告はまず、人的抗弁に関する悪意(害意)は現所持人についてのみ論ずべく、少くともそ求義務を負わない善意者の介在は人的抗弁を切断しないと主張する。この点については、いわゆる人的抗弁の属人性の問題として、理論上実務上多大の問題が存することは周知のとおりであるが、当裁判所は、属人性説に一理を認めながらも、手形流通の保護および裏書の性質論等からして、未だ上記昭和三七年の判例と異る見解を可とするに至らないところ、本件においては、原告らが被告の抗弁事由の存在につき悪意であることは上来判示のところより優にこれを認め得べきも、その間に善意の銀行が介在する点においては争がないから、その限りにおいて被告の抗弁は切断せられるものというべく、被告主張の右の理によっては、被告はその抗弁をもって原告らに対抗できないものというべきである。

そこで次に、戻裏書同一論について考えるに、上来判示の事実関係によると、本件三井銀行は、その貸付金の回収につき、本来は貸付先たる訴外会社からこれを回収する方針であったところ(本件の手形たる甲第一号証の存在および外形によると、その第二裏書欄に、一旦同銀行より訴外会社への((満期前))無担保裏書がなされたうえ、これが抹消せられていることは、右を物語る一証左であろう)、上記の仮処分決定のため、右訴外会社に代え、その代表者にして且つ連帯保証人であった原告本田和市および三女の本田まり子にこれが返済方を求めることとなり、同人らにおいてこれを決済したので、同銀行は無担保裏書を施したうえ、担保手形たる本件手形を原告らに返還したことが認められるのである。

以上を実質的に考察すると、原告らの本件手形の取得は、これをもって、主債務者の権利行使と同一目的による取得とは未だ断じ難いが、少くとも原告らは、訴外会社のいわゆるかいらいではないにしても、いわば訴外会社の身代りとして、その借受債務を返済し、それと引換に本件手形を受領したものとみるべきであるから、右手形の返還に伴う本件裏書は、信義則に照らし、これを、銀行から主債務者たる訴外会社への戻裏書と同一に評価するのが相当というべきである。

(なお右の見解に対しては、いわゆる手形の無因性の見地から、保証人の得た裏書を、手形上は第三者である主債務者への裏書と同一に論ずることに疑問が提出されるかも知れず、しかしてそれは結局、実質的にみても、本件につき、保証人たる原告らは、代位弁済により、善意の銀行の地位を承継したゆえ、被告からの抗弁の対抗を受けないとの原告の主張にも通じていくところがあるように思料せられるが、しかし第一に、本件の如き事案にあっては、いわゆる無因理論は上記判示の限度で修正せられると解するのが相当であるのみならず、仮に原告らが、訴外会社とは別個の独立した手形上の権利を本件裏書により取得したとしても、その基礎の関係は、保証人としての代位弁済にあり、そしてそれにより原告らが銀行に代位してその権利を行使できるという法律関係の意味は、銀行の有せし権利の行使自体に重点が存するのではなく、代位弁済した保証人がその求償権を満足するため、その手段として債権者の有せし権利を行使できるとの点に求めるべきであり((民法五〇一条参照))、しかもかかる場合銀行の有せし権利とは、通常、手形の買戻請求権ないし受戻そ求権を元来の本体とすることをも併せ考えると、保証人の求償として、これを主債務者に求めるは格別、善意の銀行の有せし手形上の権利一般という外形を利用して、主債務者以外、しかも主債務者に対し支払拒絶の抗弁権を有する第三者にまで無制限に――即ち人的抗弁の制約を受けずに――その求償権を及ぼし得るとすることは、前叙制度の趣旨・範囲を逸脱するものとして、衡平の原理からも、これを許容し難いとするのが相当であろう。)

しかして、たとえ善意者の介在であっても、悪意の前者に戻裏書されたときは、手形債務者はその人的抗弁をもって右被戻裏書人に対抗できるものと解すべきであるから、本件において、銀行は善意者ではあるが、なお被告は、銀行からの被戻裏書人と同一に評価すべき原告らに対し、前示の人的抗弁をもって対抗しうるものというべきである。

そうしてみると、被告は原告らに対して本件手形金の支払義務を負わないから、その余の争点を判断するまでもなく、原告らの請求は失当として棄却すべく、これと符号する本件手形判決を認可し、民訴法四五八条一項、八九条、九三条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 小谷卓男)

<以下省略>

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